それでも頑張っている人達
現在のようなゼロ金利状態では、日銀にできることは限られており、需要が冷え込んでいるとき通貨をいくら供給しても、インフレが起こるはずがない。根本的な対策は、日本経済が長期的に成長するという期待を高めるしかない。その対策として白川氏があげたのは、次の3点だった: * 経済活動を自由に行えるようにする規制改革 * 人材や資金が動きやすくする労働・資本市場の改革 * 構造調整を支援するセーフティネットの整備 こうした改革は、すべて実体経済の効率を上げる政策で、日銀の役割はその調整コストを減らす側面支援である。グローバル時代には、過剰な金融緩和はキャリー取引を誘発し、アメリカの住宅バブルの一因になった。いま新興国でそういう状況が起き始め、「金融緩和はやめてくれ」といわれている――と白川氏は語っていた。Mankiwの教科書を読めば、こういう考え方は「日銀理論」ではなく、世界の標準的なマクロ経済についての理解だということがわかるだろう。
つまり問題は「需要か供給か」ではなく短期か長期かなのである。短期的な需要不足を埋める政策は、一時的な応急措置としては必要だが、それは景気対策であって成長戦略ではない。政府が需要不足をすべて埋めることはできないし、かりにできるとしても、その上限である潜在成長率は、最近の日銀の調査では0.5%まで低下している。それを引き上げる規制改革を行なわないで、菅氏のいうような雇用対策に税金をばらまいても、財政赤字を積み上げるだけである。
短期的にはマクロ政策によって経済水準をコントロールできるが、自然水準を超えるバラマキ福祉やリフレ政策は、一時的な効果があっても長期的な自然水準を変えることはできず、悪くすると余った資金によってバブルを引き起こす。したがってマクロ経済政策は、ルールにもとづいて受動的に行なうことが望ましい。 長期的な成長戦略においても、政府が環境関連産業など特定の部門を「育成」する裁量的なターゲティング政策が成功したケースはほとんどない。政府の役割は、市場の効率を上げるための規制改革と、インセンティブのゆがみをなくす税制改革などの制度設計に限られる。逆にいうと、ほとんど財源を使わなくても、規制改革によって成長率を引き上げる余地は大きい。

民主党政権が誕生してからの日本株の低迷は、世界の投資家が民主党政権では日本経済は成長せず長期停滞に陥るのだろうと予測していることを意味する。株価とはもっとも正確で客観的な将来予測なので、その意味するものは重い。残念ながら株価は成長戦略なき民主党政権が日本経済を長期停滞にたたき落とすことを予想しているのである。

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驚くことに小泉政権はわずか数カ月の間に世界の先進国の株価を20%以上もアウトパフォームしたのである。その後も日本の株価はずっと高止まりしていた。まさに日本株のひとり勝ち状態だったのだ。一部の民主党幹部から市場原理主義だと非難された小泉政権だが、この間失業率は3%台で推移して、赤字国債と税収のプライマリー・バランスははじめて継続して改善しつづけたのである。小泉・竹中政権の成長戦略をみて、世界の投資家はこれならまた日本は復活する、日はまた昇ると確信したのだ。そして株価は素直に上昇した。
本来、勤勉でモラルの高い日本人はものすごいポテンシャルを秘めている。しかし、経済成長を阻む巧妙な仕組みが既得権益層によって国中に張り巡らされてしまっているのだ。経済成長はベンチャー企業などの新しいチャレンジャーにより実現される。しかし既得権に安住する者が政治と癒着して新規参入者を排除しようとするのだ。逆にいえばそういった構造を改革していけば、日本はまだまだ世界の中でやっていける。2005年の株価はそのことを雄弁に物語っているのだ。
皮肉なことに、弱肉強食の小泉・竹中政権が結果的には一番弱者にやさしかったのだ。

残念ながら日本から今、富の源泉がどんどん流出しています。
先進国で富を作り出すのは人であり企業です。
正直、このままでは日本は大変なことになってしまうのではないでしょうか。 結局、グローバル経済のなかでうまく立ち回って経済成長させないと、最もしわ寄せを受け、辛い状況に置かれるのは、一番経済的に弱い人たちなんですけどね。
その弱い人たちが日本の潜在成長率を棄損し続ける政権や政策を支持しているというのは、本当に皮肉としかいいようがありません。
今、モノが売れないのは、需要に対して供給がありすぎるからではありません。
ただ単に僕たちが欲しいモノやサービスを日本企業が供給できていないだけなのです。
僕たちが買いたいような心躍るようなモノがないのです。
それは供給側の失敗であり、日本企業の努力が足りないだけなのです。
そしてそんな企業を赤字国債を発行しながら延命させてきた日本国政府の問題なのです。 また需要が足りなくて供給が過剰だから失業者がいるというのも完全に間違っています。
失業者がいるのは、今世界が必要としている高付加価値のモノやサービスを生み出すためのスキルを持っていないから、会社が雇わないだけなのです。
そのようなスキルを身につけるために日々努力することを怠る堕落しきった人間が失業しているだけなのです。
そして政府の役割は赤字国債を発行して無理やり需要を作り出して失業者に職を与えるのではなく、失業者が社会が必要としている成長産業にスムースに移れるように手助けしてあげることなのです。 今こそ僕たちは創造的破壊を実行する時ではないでしょうか?
私たちは、行き着くところまで行かなければ、改革に取り組めないのだろうか。この民主党の無責任さは、我々の社会の問題解決能力の低さの象徴なのだろうか。  1990年代後半、バブルが破裂し、未曾有の金融危機に襲われ、経済は長期停滞に入り、閉塞感が高まり、打開策を失ってしまっていた頃、たびたび耳にしたのが、「堕ちるところまで堕ちなければ、改革はできない。われわれはあまりにしがらみに囚われている。戦後のように、焼け野原になって初めて覚悟を決め、みな立ち上がるのだ」という発言だった。政・官・財・学のインテリジェンスの高いと思われる人々も、少なからず口にした。焼け野原にならなければ改革できない――ある学者は「焼け野原願望」と呼んだ――とすれば、それは日本の宿痾であろう。
なんでもかんでも「小泉・竹中の構造改革で荒廃した日本の・・・」とかいっているアホな民主党の政治家と、竹中さんでは、政策担当者としてはやっぱり大人と子供ぐらいの実力差があることが明らかですね。 しかし、今の日本にはまっとうな経済学にもとづいたふつうの政策を実行できる政党がぜんぜんないというのは、本当に悲しいことですね・・・ とは言え、僕はいつも思うのですが、これだけ政治家と官僚がダメで、他国と比べて大きなハンディキャップを背負いながらも、それでもまだこれだけの経済力を保っている日本の民間の力というのは驚異的ですね。
実際、ちょいとばかりまともな政策が実行されていた小泉・竹中政権の時は、株価は上がるし、赤字国債の発行はどんどんすくなくなるし、失業者がへって新卒もどんどん採用されたおかげで格差もどんどんなくなったしで、日本経済の力は捨てたもんじゃないことが証明されましたしね。